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心の内側をご覧いただこう

今日も今日とて当直中

今日も今日とて当直中です。今のところ平和。

でもこういうときこそ油断ならないのが当直の恐怖。

 

話は変わって最近のよく考えていること

  1. 上司は助けてほしいときこそ助けてくれない問題
  2. くだらない職場の中での争い
  3. どうして偉い人は自分の言ったことを忘れるのか
  4. 10年目を終えるこの仕事

今日はその中でも1.上司は助けてほしいときこそ助けてくれない問題について考えていきたいと思う。(書き出して書いてみると頭の中が整理されるかなと思って…)

 

そもそも上司に助けてほしいときってどんなときだ?

みなさんが上司に助けてほしいときってどんなときでしょう?

例えば文書のレビューをお願いしたいとき、不可解なデータが出てきたとき、他部署との連携に関して詳細を詰めるときなどなどたくさんあると思う。

 

具体的に今回あった事例をある程度ぼやかして書いていこうと思う。

弊社の僕が所属する部署では、旧来縦割りの運用が多く、部署内のいくつかのグループにおいても他グループの業務にはあまり理解や協力体制が得られにくい事が多かった。

これはグループごとに特化した業務が多くて、業務フローとして交わりにくいことに原因があることに原因があると考えている。

ただここ数年、職場内の退職者やグループ構成員の変化、産休や育休による途中離脱などが多かったことも相まってよくある人手不足が起こりやすくなったことから他グループの仕事もある程度できる人員を増やしてカバーしていこうという目標が管理主体から挙がってきた。

目標自体はとてもいいものだと僕も思うし、そうあるべきだと思っている。

(いままでもそういうことがあったのになんでやってこなかったのだろうというのも疑問点)

特に業務フロー的に最初の部分はある程度似たような業務(受付・仕分け)になっているので、まずその部分を部署内の誰もができるようになればその部分で協力できるようになるのではないだろうかという考えから部署内の全員ができるようになろうという目標が掲げられた。

 

しかし、実際にそれに向かって動いている様子は認められない。理由はわからない。浮かんでくるのはそれぞれが特化しすぎているからこそ対応できなくなっている、そもそも手が回らないことがあるなどであろうとは思っている。

その目標にたいして複数部署のメンバーで立ち上がったワーキンググループがあるのだが、そこから提案されてきたことに対して管理主体が”NO”を突きつけたのである。

 

どうしてNOを突きつけたのか?

理由を管理主体に聞いてみたところ、管理主体側からその提案を全体にお触れとして出したときにみんなが納得できますか?とのことだった。おそらくワーキンググループにはその権限が渡されていなかったからこそ、管理主体の力を借りて全体で協同的にやりたかったのであろうと思うがうまく行かなかった。

現場で働くみんなが納得できるようにやってください。という考えだったのだろうが、現状縦割りが強いのでお互いが拒否感を示せばうまく行かないのは目に見えているのだがそこに決定権を持った人の言葉があれば突破できると思うのに…

 

この話の僕の考えている問題点は?

まずはじめに責任の所在が不明になっていることであると思う。管理主体が目標を掲げた割には、そこには責任を取る姿勢がなかった。あくまで現場のみんなで話し合ってうまいことやってください。という姿勢。

つぎに権限の移譲がうまくいっていない。現場に任せる割にはワーキンググループには何の権限も持たせることもなく、ワーキンググループから挙がってきた依頼には決定権を持つものが拒否をする。

現場でうまいことやってくれたらいいといいながら、現場には決定権がなかったことが理由の一つにはあるだろうと思う。

管理主体が目標を掲げて、オペレーションは現場が考える。オペレーションの承認は管理主体がする。この流れ自体は問題ないように思うのだけれども、現状責任はだれが取るのかはっきりしていない。これは現場からすればハシゴを降ろされた気分になっても仕方がないだろうと思う。

 

現在、全部署の全員ができるように研修にくるようにというお願いがワーキンググループから出ている。しかし誰も研修に来てはいない…

 

上司は現場サイドが助けてほしいと言ったときに承認や責任を取る姿勢をとってくれないと、組織として硬直してしまう。どうして上司は助けてほしいときこそ助けてくれないんだろう…

 

うまくいくといいなと思う今日このごろでした。だれか解決策を教えて下さい。アクションの取り方とか。うちはこんなふうに解決したよ。などなど待ってまーす。

 

ほいじゃの。